亀の瀬の事
 生駒連山の南、龍田山と葛城連峰の北、明神山に挟まれて大和川が流れている。
奈良盆地の百を越す河川が一つになって大和川に合流し、亀の瀬を抜けて大阪湾へと流れ下る要所である。古代より奈良盆地への文化文明の入り口でもあった所だ。
 水路を利用して物品の搬入口であり、シルクロードも亀の瀬を通ったに違いない。
この亀の瀬は古代より地滑りの起こる危険地域であった。旅人は落石や地滑りに遭遇するので「恐れ坂」と呼んでいたらしい。昭和7年と42年に大規模な地滑りがあり、旧国鉄のトンネルが昭和7年に埋没して不通となり現在の南に迂回した線路になっている。その時、大和川も堰き止められて上流の王子町は水没しになってしまった。
亀の瀬が地滑りで塞がると奈良盆地は湖になってしまうのです。国は1000億の巨費を投じて延々と地滑り工事をやって参りました。お陰で現在は地滑りの心配は無くなったと聞いております。
 龍田・三室山桜の会は地滑り工事跡の3箇所に桜を植樹しております。
その一つは「昭和天皇お立ち台」と呼ばれている8号園。役行者の社「龍王社」9号園。もう一つは、赤門関所跡(鵜鷹氏一族の墓)五輪の塔のある公園に11号園として70本の植樹をしております。今後も逐次植樹予定しております。
 亀の瀬には現在大きな新橋も出来て、のどか村や信貴山への新ルートになり、桜の名所にもなります。4〜5年先が楽しみです。
  写真は古代の大和平野と亀の瀬。