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 龍田風鎮花火 COMO  2013年7月8日(月) 15:19
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朝からお祭りの行事がいろいろ続き、風鎮太鼓、河内音頭の奉納、最後が風鎮花火です。

以前から聞いては居ましたが、この地に移り住んで35年を過ぎて初めて見ましたよ。

正直、こんなに間近で、ナイヤガラや手筒花火が見られるとは思って居なかったです。

男性は上半身裸で降り落ちる火の粉を浴びていましたが、女性は白い半纏のようなものを羽織っておられました。

一般の方も参加出来るようで、お名前を呼ばれた方が集まって4人一組とか、3人一組で手を繋いで、本殿に向かって一列に並んで点火します。

シュワーッ!という音の後、パ〜ンッ!と爆発音がします。

迫力満点で特に若い男性の鍛えられた裸の体に火の粉が降りかかる様は綺麗でした〜。

来年も行こうと思いました。

 風鎮花火 管理人  2013年7月8日(月) 22:43 [修正]
 風鎮花火のある事は聞いていましたが8日に行われるとは知りませんでしたよ。来年は見に行きます。
森の隣に住んでいながら知らないのです。
これぞ灯台下暗しですね。

 昨日はご苦労様でした。
2−3電話がありました。好評であったらしい。安堵しました。

 龍田大社の風鎮祭 COMO  2013年7月9日(火) 17:38 [修正]
昔は7日に有ったそうですが、最近は、7月の第一日曜日に決まっているようです。
今年は7日の夜でした。

宣伝が行き届いていないのか、ご近所の方もほとんどの方がご存じなかったですよ。

時間が遅いので、我が家も子供が小さかったりすると、寝る時間ですので、なかなか行け無かったのです。

ナイヤガラも綺麗でしたよ。

 奈良徐福研究会第9回総会 管理人  2013年7月7日(日) 19:34
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 34度の猛暑の中45名の方が参加して下さいました。
神奈川県徐福研究会の津越由康様は昨夜からの泊りがけの参加でした。
 神戸からは元P3C哨戒機のパイロットであった岡二郎さん、台湾徐福会の代表で王さんご夫妻、京都からはギター奏者の伊藤孝一様グループ等々。
多彩な方々が来て下さいました。
 又、明日の飛行機で個展を開く為にニューヨークへ旅立つ画家の作城妙子先生が馳せ参じて下さいました。非常にレベルの高い集まりと成りました。
 ニューヨークへと旅立つ作城先生の挨拶と熱唱です。

 昨日はお疲れ様でした〜。 COMO  2013年7月8日(月) 15:16 [修正]
男性2人と女性1人のバンドの歌声も素晴らしかったし、作城妙子さんの衣装もアカペラの歌もおしゃべりも迫力満点でしたね。

お姉さまの健康フラダンスも男性陣も加わって、楽しいひと時でしたね。

準備やらご連絡やら、お暑い中、何かとお疲れ様でした。

お陰様で楽しませて頂きました。




 三室戸寺 管理人  2013年7月4日(木) 19:57
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 宇治市にある三室戸寺は西国10番の霊場で花のお寺とも言うらしい。

ツツジは終わっていましたが、紫陽花と蓮の花が綺麗でした。

 丁度小雨は降って紫陽花も蓮の花も色鮮やかで素晴らしい雰囲気でした。

本殿の前庭にも「蓮」の鉢が並べられていて蓮の寺と言いたくなるくらいで

した。

 七夕伝説 como  2013年7月4日(木) 14:10
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今年ももうすぐ七夕ですね〜。

兄(現在、子どもセンターの所長)のブログを見ていたら、センターでイベントを開催するので、働いておられる先生にお聞きしたら、絵本を紹介されたとか。
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 絵本があるとのことで早速それを読むと、何と二人は結婚して男女の子供を授かっていた。その結婚も彦星が飼っていた牛の智恵で、七人姉妹の一番下の織姫が水浴びをしていた際に、脱いでいた羽衣を隠して、結婚を条件に変換するというものであった。しかし幸せに暮らしていたが、織姫の母親から連れ戻され、天の川を境に離


されてしまい、子供達を連れて七夕に会いに行くというものであった。

 帰宅してから少し気になっていたので、ネットで七夕伝説を調べると、中国伝説では絵本のような筋書であった。

 それにしても、彦星が父子家庭で一生懸命働くと言うのは、七夕のイメージに合わないような気がする。


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皆様はどのようなストーリーで記憶されていますか?

時代が替わると、子供達に伝える内容がこんなに変わるものなんですね。

 年に一度の逢う瀬 管理人  2013年7月4日(木) 19:46 [修正]
 子供の頃聞いた七夕伝説は、彦星と織姫が天の川で年に一度だけ逢う事が出来るのだと言う悲しくも切ないストーリーでした。

 今日は中国と関係の深い宇治市の三室戸寺と万福寺へ参りました。
三郷町歴史教室の現地学習、バス旅行でした。
紫陽花と蓮の花が綺麗でした。
 時々雨が降って蓮の葉っぱに水滴がのかって綺麗でしたよ。
写真に撮りたいと想いながら、つい花の方に気がとられてしまいました。

 今日誕生日の花 管理人  2013年7月4日(木) 6:12
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 7月4日誕生日の花はユリ科の「ノカンゾウ」です。

花言葉が「苦しみからの解放だとあります。

 蛍鑑賞会 como  2013年7月1日(月) 15:58
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昨日は室生口大野という駅に午後6時に集合して、山菜料理のお店の迎えのバスで、食事をして、暗くなるのを待ちました。

昨年の豪雨で室生川の葦も上流まで流されて、蛍の群生地も変わってしまったそうです。

地元の人しか知らない上流の奥へと車で20〜30分で、目的地に着きました。
街灯も星も出て居なくて、水音と蛙の鳴き声だけしか聞こえない所に、ぽつぽつ光が見え、目が慣れて来ると、まるでイルミネーションのように、
沢山の源氏蛍が乱舞して、手の平、指の先、胸元にも停まります。

大阪から来られた方も感激しておられました。

帰宅したら10時半でしたが、一生に1度、有るかないかのイベントでしたよ。


 源氏蛍 管理人  2013年7月1日(月) 19:38 [修正]
 レポート読んで目に浮かぶようです。

こんな情報何処で入手されたのでしょうか。誘っていただければ参加したと

想います。

 今朝は龍田古道沿いの草刈でした。画像は憩いの家の紫陽花です。

 檜山4号園 管理人  2013年6月30日(日) 19:14
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 6月30日 日曜日。

今朝は檜山周辺4号園の下草刈でした。

 よく降りましたね〜。 como  2013年6月29日(土) 15:05
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王寺の藤井の大和川の川渕が15メートルに渡って、崩壊して、片側通行になって居るとか。

ここ地元の広いグランドも夜に愛犬の散歩に行くと、穴が開いて居ました。

陥没らしいのですが、35年も住んで初めての事です。

早速、翌日には柵が出来て「きけん」と書かれていましたよ。


何処かのお寺に書かれていたとか。
..........................................................
努力して結果が出ると自信になる 

努力せず結果が出ると傲り(おごり)になる 

努力せず結果も出ないと後悔が残る      

努力して結果が出ないとしても経験が残る
.........................................................


最後の結果が出なくても経験が残る・・に救われますね。


先日行って来た、サントリービール長岡京工場です。

 もう一つ。 柴崎  2013年6月29日(土) 14:34
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家康の法隆寺参詣、子院の阿弥陀院に泊まっている家康を立野の安村が案内をするの、ですがその時亀の瀬の亀石の首が落ちた、これは不吉なので明神山のすそに、新しい道を道明寺まで付けた、古文書がかたる。亀に異変があるとなにかがおこる、豊臣政権から徳川政権に変わる大事件なのだ。亀の瀬の変かは何かの異変をもたらす。恐れの坂、かしこの坂と太子以来恐れられていた事を、不比等は日に本書紀に書いたのだ。明治天皇も昭和天皇も龍田山、三室山に来られている、東京に居られえても皇室は気になるのだ。我輪rうぁ
桜の会はすごい所に桜を植えて居るのだ。

 亀の瀬について 柴崎  2013年6月28日(金) 13:11
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新しい橋と、今通行している橋との間で国道が26日に崖崩れです。新橋の護岸のために、紫雲の岩を破壊しいぇいるので、最小限にしてくださいと、お願いしてました。この付近いったいは、日本書紀に恐れの坂、かしこの坂とありさわると災害画あると言う言い伝えがある。書紀の陣頭指揮をした、不比等、彼は11歳まで国分の田辺に居たのです。その昔からこの付近は触ってはいけないと。明治4年、今の国道が出来ました、60年後大規模な地すべり発生、やはり昔からの言い伝えは間違いなかった。シルクロウドの最終港、亀の瀬の700隻の舟もこの世から姿を消した。やはり恐いところ、素晴らしい所。

 言い伝え como  2013年6月28日(金) 17:46 [修正]
昔から言い伝えられていることって、迷信も有りますが、生活の知恵で有ったり、工夫や経験から生まれたことが多いですね。

「恐れの坂」「かしこの坂」って言われていたのですか。

知らないことが一杯ですね。

この辺りは災害が少ない・・と思っていましたが、早く復旧すると良いですね。
雨にも負けず、ハイビスカスが咲いています。

 亀の瀬 管理人  2013年6月28日(金) 19:37 [修正]
 昔の人は亀の瀬の古道を「恐れ坂」と言って敬遠・警戒していた様です。大和川の亀が動くと地滑りや落石が起こるのだと言われていたと聞きます
 90歳になる長老の話では亀の瀬の滝つぼは紫雲岩に苔むした欝蒼たる所で子供たちに近寄ってはいけないと注意したようです。
 風水の先生も「明神岳」が「龍」であり、亀が居るので、大和平野はこの亀の瀬で守られている、と言いました。
 龍王社が役行者葛城28宿の最終満願の「聖地」であるのも頷けます。
桜の会が聖なる亀の瀬の史跡を保存し桜を植えて公園にした事は誇らしい事だと考えても良いのではと想います。

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